船橋村には縄文時代の遺跡が三ヶ所もあり、集落の跡も残っています。最初に船橋の名前が出てくるのは、天文二十二年(1553)、吉良頼康 が家臣に与えた土地の中に「旋沢之内船橋谷」とあるところからです。
船橋という名の由来にはいくつかの説があります。 昔、多摩川の蛇行する川岸に集落があって、住民が川を渡るために船橋をかけた事から名前が付いたといわれる説。別の説では、ずっと昔には烏山川を含む周辺一帯に幅200m長さ1800mぐらいの大きな池があってそこに船橋がかけられたという説。またもう一説は、佐野景綱という豪族の子の船橋春綱という人が下野の国に住んでいて、その子孫にあたる船橋吉綱の一族が移り住んだので船橋と呼ぶようになったという説です。
明治22年には、周辺八ヵ村の合併で千歳村大字船橋となり、昭和11年、東京都世田谷区舟橋町となり、180年前には55戸ほどだった船橋も、今は人口2万1000人余りとなったのでした。



昭和31年(1956)頃の千歳船橋駅→
このころからすでにローマ字でも表示してあったのですね 。
なかなか風情ある立派な駅舎です。
←こちらは旧千歳船橋駅(南口)です。
昭和31年頃の北口駅前→
今はファーストフード店になっているところは
この頃、洋菓子と喫茶のお店だったのです
←旧マクドナルドと旧青山堂の辺り
(出典:ちとふなくらぶさんより)
旧世田谷信用金庫(現スーパー丸正)辺り→
柳の木は今も大切に保護されています。
駐在ボックスのようなものがありますね。
←駅前の柳と旧アジア堂辺り
今はケーキ屋さんですね。